1. トップ >
  2. 「八重の桜」紀行

長崎県長崎市

街

1866(慶応2)年、軍備増強のため武器購入の命を受けた山本覚馬は、長崎を訪れました。目を患っていた覚馬は、近代的な医療設備が整っていた精得館で失明の宣告を受けます。しかし彼は落ち込むことなく、多くの外国人と交流を深め、日本の歩むべき未来図を描き始めます。
 覚馬が書いた建白書には「イギリスの富は蒸気器械の発明によってもたらされた」とあり、彼らからさまざまな情報を得ていたことがわかります。明治維新後も外国人との交流は続き、長崎の滞在は彼の人生に大きな影響を与えたのです。

養生所趾

JR「長崎」乗り換え、
路面電車「思案橋」下車、徒歩10分