1. トップ >
  2. 「八重の桜」紀行

東京都中央区/千代田区/港区

街

大坂城を脱出し江戸へ向かった徳川慶喜と松平容保らは、浜御殿(はまごてん)に上陸しました。置き去りにされた藩兵たちの怒りは収まらず、慶喜に脱出を勧めたとして神保修理は会津藩上屋敷に幽閉されます。
 東西の事情に通じた修理は、会津藩の中でもまれに見る逸材でした。坂本龍馬も「会津には思いがけぬ人物にてありたり」と長崎で会った修理を高く評価しています。また、親交のあった勝海舟は、慶喜を通じて修理を助け出そうとしました。しかし、修理は三田の会津藩下屋敷に移され切腹を命じられます。死を目前にして勝に送った漢詩には、国家の未来を託す願いがしたためられていました。

浜離宮恩賜庭園

地下鉄大江戸線「汐留」下車、徒歩7分