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  2. 「八重の桜」紀行

福島県会津若松市

街

猪苗代湖から流れる日橋(にっぱし)川にかかる十六橋。新政府軍の城下侵入を防ぐため、会津藩は橋を破壊しようとしますが、間に合わず敵に突破されてしまいます。滝沢本陣にいた容保は、前線からの援軍の要請に対し、白虎士中二番隊に出陣を命じました。
 隊士のひとり飯沼貞吉は、母から送られた和歌を襟に縫い込み、戦ったといいます。「梓弓むかふ矢先はしげくともひきなかへしそ武士(もののふ)の道」。
 雨のように弾丸が降り注ぐなかを銃身が触れないほど熱くなるまで応戦し、勇敢に戦った白虎隊。しかし、新政府軍の猛攻の前に飯盛山まで退却を余儀なくされます。彼らの純粋な会津武士としての思いが、ここ飯盛山での悲劇を生むことになるのです。

飯盛山

JR「会津若松」より
バス「飯盛山下」下車すぐ