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福島県会津若松市

街

新政府軍は、鶴ケ城の南東およそ1.5キロに位置する小田山に、鶴ケ城砲撃の拠点を構えました。新政府軍が用いた四斤山砲の威力はすさまじく、砲撃は多い日で一日に二千発以上にも及んだといわれています。
 雨のように降り注ぐ砲弾のなか、藩主・松平容保は、城内で最も守りの堅い鉄門(くろがねもん)で陣頭指揮を執ったといいます。
 佐川官兵衛は食糧や弾薬の補給路を確保するため、城外への出撃を命じられます。官兵衛率いる決死隊は、長命寺を舞台に新政府軍と激しく交戦しますが、圧倒的な戦力差の前に惨敗。孤立無援の会津藩は、長く苦しい籠城戦を続けてゆくことになるのです。

長命寺

JR「会津若松」より
バス「桂林寺町」下車、徒歩10分