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  2. 「八重の桜」紀行

福島県会津若松市

街

新政府軍に完全に包囲され、連日およそ二千発という砲撃を受けた鶴ヶ城。1868(明治元)年9月22日、ついに会津藩は降伏し、城には降参と書かれた白旗が掲げられました。城内の女性たちが小さな白い布を集め、涙を流しながら縫ったものと伝わります。
 降伏式は追手門前の甲賀町通りで行われ、降伏の文書が新政府軍に渡されました。会津藩士たちは、この悔しさを忘れないようにと降伏式に敷かれていた緋毛氈(ひもうせん)を小さく切って持ち帰り、泣血氈(きゅうけつせん)と名付けたといいます。
 八重はその夜、城を明け渡す無念の心情を表した歌を城内の壁に刻んだといわれています。
「あすの夜は 何国の誰か ながむらむ なれし御城に 残す月かげ」。
 1か月に及ぶ籠城戦が、ついに幕を下ろしました。

長命寺

JR「会津若松」より
バス「鶴ヶ城入口」下車、徒歩5分