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京都府京都市

街

戊辰戦争の最中、山本覚馬が幽閉された京都・薩摩藩邸。覚馬はここで日本の近代化に関する意見書「山本覚馬建白」を口述筆記させました。
 「婦人も男子と同じく学ばすべし」。当時、斬新だった提言の数々は高い評価を受けました。釈放後、覚馬は京都府顧問に就任し、槇村正直のもとで教育の普及や産業の振興に手腕をふるいます。
 理化学の研究・教育を行った舎密局(せいみきょく)では、外国人を指導者として招き、ガラスや薬剤などの国産化を進めました。そんな覚馬を槇村は「先生」と呼び、人々も「槇村には山本という顧問がついている」と信頼を寄せたといいます。
 両目の光を失った覚馬は、京都の復興と近代化に全力を注いでいったのです。

薩摩藩邸跡

市営地下鉄「今出川」下車すぐ