1. トップ >
  2. 「八重の桜」紀行

京都府京都市

街

八重が教師を務めた「新英学校及女紅場(しんえいがっこうおよびにょこうば)」。ここは、女子教育の必要性を説いた兄・覚馬の理想を実現とした日本最初の公立女学校です。女紅場を前身とする鴨沂(おうき)高校の正門は、当時の門を移築したものです。槇村正直が書いた扁額(へんがく)は、力強い筆遣いが熱意を今に伝えています。
 八重は、礼法や裁縫、茶道を教える女紅場で機織りなどの授業を受け持ち、女子寮の監督も務めました。また、八重自身も外国人教師から英語を学んでいたといいます。京都博覧会で配られた日本初の外国人向け京都案内書は、覚馬が考えた内容に即して八重たちがアルファベットの活字を拾いました。
 明治維新という激動の時代を、八重は新しい文化を積極的に取り入れて軽やかに生きたのです。

女紅場址碑

市バス「河原町丸太町」下車すぐ