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京都府京都市

街

山本覚馬らを登用して、京都の近代化を強力に押し進めた槇村正直。新京極通は、東京遷都で衰えていた人々の士気を上げるために、槇村が寺院の境内を整理してつくったと伝わっています。
 また、産業振興のために知恩院などで開催した第1回京都博覧会には、およそ4万人が訪れ、大成功。「都をどり」も槇村の発案によってこのとき始まりました。第1回目の歌詞「地球の隅々までも 分けて都は明(あき)らけく」は槇村自身が手掛けたといわれています。当時では珍しい「地球」という言葉から、世界中の人に京都のすばらしさを知ってほしいという思いが伺えます。
 強い言動から非難を浴びることも多かった槇村ですが、その大胆な発想と行動力が京都の発展に貢献したのです。

新京極通

バス「四条河原町」下車、徒歩3分