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東京都世田谷区

街

覚馬の娘・久栄と別れた徳富健次郎は、1889(明治22)年に兄・猪一郎が始めた出版社・民友社に入社します。ペンネームを徳冨蘆花とし、念願だった作家活動を始めたのです。
 1900(明治33)年、蘆花は『不如帰(ほととぎす)』を出版。恋愛を描いたこの作品は、当時のベストセラーとなり、対立していた兄から自立する足がかりとなります。その後、民友社を退社した蘆花は土に親しむ生活を求め、現在の東京都世田谷区粕谷に移り住み、執筆活動を続けます。そして蘆花46歳のときに、久栄との恋愛を描いた『黒い眼と茶色の目』を出版します。この作品を世に出すことで、ようやく過去の恋人と決別できたといいます。
 晩年は執筆の傍ら晴耕雨読の静かな生活を送り、1927(昭和2)年、蘆花は59年の人生を終えたのです。

蘆花恒春園

京王線「新宿」より
「芦花公園」下車 、徒歩15分