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エピソードで振り返る! 人気大河「ベスト10」(「あなたの好きな大河ドラマ」投票結果より) 第6位 第46作 風林火山 2007年(平成19年)

エピソード1 内野“勘助”のこだわり

武田信玄の軍師・山本勘助。ドラマは、井上靖さんの原作『風林火山』には描かれていない勘助の青春時代からスタート。武田家に士官する以前、若き勘助が諸国を放浪する姿も話題になった。主演の内野聖陽さんは、この若い時代を思い切りはじけさせようと、貪欲に役作りに取り組んでいた。

強烈な“汚し”姿で勘助、参上!

士官先を求めて諸国を放浪する勘助が甲斐に現れた姿は、驚くほどインパクトがあった。とても大河ドラマの主人公とは思えないほど、汚れきったぼろぼろの着物、顔も手も垢(あか)がこびりついたかのように真っ黒。これらはすべて外見から人間臭さを出したいという内野さんの希望だった。実際、襟元がすり切れ、染みや色あせの激しい着物は、衣裳スタッフと何度もやりとりをしながら完成した“汚し”。油でてかりを出したり、画面にはそれほど映らない足袋に穴を空けたり、内野さんが納得するまで徹底的に追求した勘助スタイルだ。

こだわり特殊メイクの理由(わけ)

隻眼の勘助の眼帯はボロ布から始まり、わら製、貝製、黒革製といった具合に変化していった。ほとんど眼帯を外すことはないのだが、ある瞬間、傷ついた左目があらわになる。内野さんは、そのときの特殊メイクにもこだわり、リアルな傷に見えるよう要求。メイクスタッフが試行錯誤を繰り返した。左目にはコンタクトレンズを入れて半眼状態になった勘助に「怖すぎる」との声が出て、メイクを修正したことも…。勘助は子どもが怖がるほどの異形だったとか。内野さんは、そのことが勘助の人格形成に相当な影響を及ぼしたと考え「だからこそ、左目を失ったこと、眼帯を取った瞬間、あらわになる目の傷にこだわりたかったんです」と話していた。

立ち回りにも独自の工夫

立ち回りにも内野さんならではのこだわりが発揮された。勘助は、左足と左目が不自由な分、死角に回られたり、死角を攻められると弱い。そのことを意識した動きを研究したうえで、悲壮感を出すのではなく「多少の不自由は関係ない、やるときはやる」といった気合いを大事に演じたそうだ。ほかにも、ハンディキャップがある分、五感が研ぎ澄まされていると考え、人より敏感に音や匂いに反応するような芝居を取り入れるなど、独自の勘助像を作り上げていった。