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証言まとめ

教訓を生かした人たち

東北地方の沿岸部は、これまで何度も津波に襲われてきた。
そこから学んだ災害の教えはどこまで生かされていたのか。
津波からの生存者たちは語る。

赤沼ヨシさん(95) 岩手県宮古市

津波てんでんこ…
それぞれ逃げられる場所へ

昭和8年の大津波を経験している赤沼さんは、それを超える大きな津波が襲って来ると確信した。そのとき、彼女の頭をよぎったのは、“津波てんでんこ”の教えだった。

昭和の大津波では家族がバラバラに逃げて、全員無事だった

昭和の大津波では家族がバラバラに逃げて、全員無事だった

“おぶったり、背負ったり、連れたり、引っ張ったり
しないで、逃げると教えられた。自ら本当に身軽に
して逃げないと、だめでござんしょ”

沼田義孝さん(58) 岩手県大槌町

過去の経験が生徒たちの命を守った

海から600メートルほど離れた高台にある岩手県大槌町の中学校は、町の避難所に指定されていた。しかし海の異変に気づいた中学校校長の沼田さんは、生徒たちをさらに高い裏山へ避難させる。

今までにない強さの揺れで高い津波を直感したという

今までにない強さの揺れで高い津波を直感したという

“私はチリ地震を経験しておりますので、
もうそれよりも高い波が来るなと感じました”

太田真さん(42) 宮城県塩釜市

義理の父との決め事を守って

160年続く、みそやしょう油の醸造所を営む太田さんは、地震のあと、津波が来ると確信し、すぐに動き出した。それはチリ地震を経験した義理の父との約束事があったからだ。

父親は備えを怠らないよう繰り返し家族に話していた

父親は備えを怠らないよう繰り返し家族に話していた

“うちの子どもたちにも同じように話したいと
思いますし、またその下の世代まで話が伝わる
ようにしていきたい”

佐藤善文さん(78) 宮城県東松島市

手作りの避難小屋が多くの命を救う

過去に津波の恐ろしさを経験した佐藤さんは、自宅の裏山に10年の歳月をかけて、避難小屋を作った。周りからの反応は冷ややかだったが、震災当日、この小屋が70人もの命を救うことになる。

地域の誰もが本当に津波が来るとは思っていなかった

地域の誰もが本当に津波が来るとは思っていなかった

“チリ地震の時、私もちょっと体験したもので、
それで友達にも、やっぱり津波っていうのは
高台ではないと絶対だめだと”

嶋崎磯子さん(76) 岩手県宮古市

父の教えが助かるきっかけに

言葉では言い表せないような揺れを経験した嶋崎さんは、高台へ急いだ。昭和8年の大津波を経験した父親から繰り返し、津波の被害の恐ろしさを聞かされていたからだ。

父親からは、上へ上へと逃げるんだよと言われていた

父親からは、上へ上へと逃げるんだよと言われていた

“父から教わったことをね、めいにでもいいし、
兄弟にでもいいからね、言って聞かせておきたい。
この経験はやっぱり語り継いでいきたい”

赤沼正清さん(72) 陽子さん(70) 岩手県宮古市

津波の圧力に決壊した巨大堤防

高さ10メートルの巨大堤防に守られた岩手県宮古市田老地区の野原(のはら)。ここに念願のマイホームを建てた赤沼さん夫妻は、地震発生後からしばらくたって、不思議な音を耳にする。

津波からの被害を巨大堤防が守ってくれると思っていた

津波からの被害を巨大堤防が守ってくれると思っていた

“皆さん「堤防があるから大丈夫だ。二重になって
いるから」って。震災前は「来たって、たいした
ことないんだから」という感じで言っていました”