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証言まとめ

救えなかった命

あの時こうしていれば……愛する家族や親しい人を失った悲しみを胸に抱き続ける人たち。
波が町をのみこんだあの日の悲劇を振り返る。

丹野祐子さん 宮城県名取市

息子に「逃げろ」と言えなかった

娘の謝恩会が開催された町の公民館にいた丹野さんは、娘とともに2階に避難して助かった。しかし少し離れた所で遊んでいた息子の姿を、どこにも見つけることができなかった。

今では震災を語る語り部の活動を始めている

今では震災を語る語り部の活動を始めている

“心の中から笑うことは、もう2度とできないけど、
せめて表面だけは笑って息子に会えるようにと
思いながら、いろいろなことを私はしたいと思って
います”

上野ヒデさん(70) 岩手県大槌町

高台で家族との再会を待ち続けた

町で地震に遭った上野さんは、役場で働く娘に声をかけ、先に高台へ避難した。そこで町が津波に飲み込まれるのを目撃するが、娘とまだ町にいた夫はいずれここにやってくると信じていた。

日頃から家族で落ち合う場所を話し合っていたが

日頃から家族で落ち合う場所を話し合っていたが

“「早く逃げてよ」というのが、あの子にかけた
最後の言葉だった。今思えば、一緒に連れて
逃げればよかった”

村上久太郎さん(65) 岩手県陸前高田市

夫婦の生死を分けた海からの距離

地震発生直後、村上さんは、高台の高齢者福祉施設に避難した。そこで津波が町を襲う様子を目撃した彼は、海の近くの病院で働く妻に電話をかけるが、電話はつながらなかった。

妻は津波に襲われる直前まで患者の避難を手伝っていたという

妻は津波に襲われる直前まで患者の避難を手伝っていたという

“朝出かけるとき、「行ってきます」って言って、
それがそのまま永遠に行ってきますっていうね。
夢にも思わないことだから”

大萱生(おおがゆう)良寛さん(53) 岩手県大槌町

避難所となっていた寺を襲った津波

町の津波避難所に指定されていた寺に、津波が迫っていた。何も知らない住職の大萱生さんにそのことを知らせるため、高台の城山に避難していた彼の息子は、坂道を駆け下りてきた。

津波が引いたあと、大萱生さんは助かったが息子は帰ってこなかった

津波が引いたあと、大萱生さんは助かったが息子は帰ってこなかった

“息子がちょうど上から下りてきて、
津波が来たって、言ってくれたんですね”

大谷慶一さん(62) 福島県いわき市

過信から救えなかった命

地震の揺れが収まると、大谷さんは近くに住む親しくしていたおばあさんを避難させようとはしなかった。まさか津波が本当に押し寄せるとは、思ってもいなかったからだ。

地元の海には、津波は来ないと過信していた

地元の海には、津波は来ないと過信していた

“俺、逃げてろよって言わないで行っちゃった
からね。だからそれだけが、今でもね、悔いが残るんだよ”

斎藤政治さん(71) 宮城県多賀城市

助けに応じることができないもどかしさ

町内会長を務める斎藤さんは、住民を避難させている最中、車ごと津波に流されてしまった。車の屋根にしがみつく彼は、周囲からも助けを求める声を聞くが、励ますことしかできなかった。

あのときの声が忘れられないし、頭から離れないという

あのときの声が忘れられないし、頭から離れないという

“声は聞こえたけど、どうしようもない。
つらかったですよ、だから。本当につらくてね”