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テーマ別の証言

児童の命を守る 大川小が伝えるもの

宮城県石巻市立大川小学校の児童らは、地震の発生から約50分後まで校庭で待機しました。そして学校側の指示で、近くの「三角地帯」と呼ばれる橋のたもとに避難に向かいましたが、その間に、津波に巻き込まれたとみられています。
2014年3月10日、犠牲になった74人の児童の内、23人の児童の遺族が市と県に賠償を求める訴えを起こしました。そして19年10月11日、震災前の防災対策の不備を認める1審と2審の判決を不服とする市と県の上告を、最高裁は退けました。

大川小学校の空撮映像

佐藤敏郎さん
娘を失った父として

今も娘は心の中に

大川小6年生の次女みずほさんを亡くし、なぜ学校が児童たちの命を守れなかったのか、考え続けています。そして大川小で起きたことに深く関わりたいと、仕事(中学校の教諭)をやめ、児童の命を災害から守る活動を始めました。

遺構になった大川小学校

2016年3月、石巻市は大川小の卒業生ら住民の意向を受け、被災した校舎を震災遺構として保存することに決めました。佐藤さんは慰霊や防災研修のため大川小を訪れる人へ、「特別でない日に、特別でない場所に、災害が来た」と語り伝えています。

「大川伝承の会」の活動(音声)

佐藤さんは大川小で亡くなった児童の遺族や関係者と「大川伝承の会」を立ち上げ、語り部活動を続けています。そして元教師だった佐藤さんは教え子たちを次世代の語り部として育てています。その一人、雁部さんは「震災の話題を意図的に避ける東北の人たちにも語っていきたい」と話します。

あの日の教訓を教師に伝えたい

佐藤さんは、学校はなぜ児童たちの命を守れなかったのか、市の教育委員会に問いましたが、納得のいく説明を得ることができませんでした。このままでは同じことが繰り返されてしまうと、自分で調べたことや感じたことを全国各地の教師に伝えています。

今野浩行さん
学校が、子どもたちの命の最後の場所とならないために

大川小で息子を失った今野さんは、事実を知りたいと裁判に参加しました。判決確定後も今野さんたち遺族は、悲劇を繰り返さないための活動を続けています。学校は子どもたちの命が守られる場所になってほしいと願っています。

北澤興一さん(79)
大川小設計者の苦悩

公立学校としてはモダンなデザインだと評判だった大川小。設計した北澤さんはその学校が悲劇の舞台になってしまったことに、負い目を持っていました。後悔したことが2つ。津波対策を講じなかったこと、裏山に避難場所を造れなかったことです。しかし校舎が震災遺構になると決まったことに気持ちを変え、校舎の保存に協力したいと申し出ました。

三島汐里さん(19)
子どもの命を預かる教師として

教師を目指して大学に進学した三島さん。教師になろうと決めたきっかけは、「心に太陽輝かせ…未来をひらく」という大川小の校歌の作詞をした曾祖父の存在です。三島さんは、亡くなった児童たちが持っていた夢も希望も教師が背負うという意識を持った教師になりたいと語ります。

鈴木典行さん(53)
大川小学校の校舎で語り部活動(音声)

大川小6年生の次女の真衣さんを亡くした鈴木さんは、亡くなった児童の遺族や関係者と「大川伝承の会」を立ち上げました。校舎を訪れる人と話すことで自分自身が楽になると実感するそうです。自分の子が亡くなるのはどういうことか、まず話を聞いて感じてほしい。そして人が人に伝えて命を救う、本当の防災を考えてほしいと語ります。

ニュースが伝えた大川小学校

児童の遺族に市長が謝罪 2019年12月1日放送

東日本大震災の津波で84人が犠牲となった石巻市の大川小学校をめぐる裁判で、市と県に賠償を命じた判決が確定し、亀山紘市長が児童の遺族と面会し正式に謝罪しました。正式に謝罪しました。
面会後、遺族の要望で大川小学校を訪れ、線香を供えて手を合わせました。

閉校式 2018年2月24日放送

在校生25人や卒業生、地域の人たち約300人が集まって、閉校式が行われました。校旗は石巻市教育委員会に返納。19年度からは二俣小学校と統合し、校舎は震災遺構として残されます。

記憶を語り継ぐ新たな取り組み 2017年9月10日放送

大川小の周辺では住宅がなくなり、震災の記憶の風化が進んでいます。そこで遺族たちは学校を訪れた人に地区全体の被災状況を見てもらいたいと思っています。また震災伝承施設では、バーチャルリアリティーを利用して、被災直後の石巻市の様子を実感してもらおうと考えています。

卒業生が校舎の保存を訴える 2014年4月6日放送日

「思い出がこれ以上壊されないように」「心の居場所としてずっと残って」と、卒業生らが教育関係者に校舎の保存を訴えました。しかし大川小は“震災遺構”の対象にはなっておらず、卒業生らは署名活動も考え、意見を広く伝えて校舎の保存を求めようとしています。