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復興の軌跡

震災後のくらし

〜いまだ解決できない多くの問題を抱えて〜

被災地に暮らす人たちは、震災からのいち早い復興を誰もが望んではいるが、そこにはいまだ解決できないいくつかの問題も立ちはだかっていた。なかなか進まない復興事業に加え、慣れない仮設住宅暮らし、そして震災によって、引き裂かれた家族との絆…… 被災者たちの“震災後のくらし”にはさまざまな表情があった。

2011年3月28日 NHKニュース「宮城県石巻市 向陽町ほか」

仮設住宅の建設が始まる

避難生活が長期化するなか、宮城県内で仮設住宅の建設が始まった。2万5000人余りが避難生活を強いられている石巻市でも135戸が着工する運びとなり、作業員たちが建設準備に追われた。

2011年6月27日 クローズアップ現代「震災遺児をどう支えるか」

遺児たちが直面する過酷な現実

東日本大震災で親を亡くした「震災遺児」。調査ではその数は阪神・淡路大震災の時の2倍を大きく上回ることが分かった。遺児たちが直面する過酷な現実が、調査結果から浮かび上がった。

クローズアップ現代「震災遺児をどう支えるか」

2011年10月11日 NHKニュース「宮城県女川町」

海上用コンテナを仮設住宅に

野球場に建てられた2階建ての仮設住宅。山に囲まれ、平地の少ない宮城県女川町で建設が進められてきた。仮設住宅は海上輸送用コンテナを積み上げることで建てられている。さらには揺れる船の上でも崩れないよう作られているので耐震性も十分だという。

2012年1月17日 クローズアップ現代「子どもが語る大震災(2) ぼくらは大津波を生きた」

子どもたちは自力で避難していた

震災当日、岩手県釜石市で大津波にのまれる町を目撃した親や教師たちは、子どもたちはもうだめ…と覚悟を決めた。しかし子どもたちは防災学習の知識を生かして、自力で安全な場所へ避難していた。

クローズアップ現代「子どもが語る大震災(2)ぼくらは大津波を生きた」

2013年3月7日 クローズアップ現代「被災地1000人の声~震災2年アンケート~」

いまだ多くの人たちが復興の遅れを
感じていた

2013年、震災から2年を迎え、NHKでは1000人を超える方にアンケートを実施。その結果、被災地の厳しい現実が浮かび上がってきた。9割近くが復興の遅れを実感していたのだ。真の復興へはまだまだ険しい道のりが待ち構えていた。

クローズアップ現代「被災地1000人の声~震災2年アンケート~」

2013年6月29日 NHKニュース「福島県福島市」

長引く仮設住宅暮らしで体調を崩す人も

狭い仮設住宅暮らしで体を動かす機会が減り、心身の機能が低下し体調を悪化させる人が相次いでいた。「生活不活発病」と呼ばれるこの症状の実態調査が、原発事故で避難を続ける4000人余りを対象に福島県で始まった。

医師の声

“「生活不活発病があるんだよ」と
警鐘を鳴らさなければならない”

2013年12月21日 NHKニュース「宮城県岩沼市」

かさ上げした土地に住宅を

東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県岩沼市で内陸に集団移転する住宅団地のかさ上げ工事が一部で終了し、避難を続ける住民に宅地が引き渡された。

住民の声

“長かったですね。いつ家に入れるんだろうって。
宅地を目の前にして感謝感激です”

2014年3月5日 ニュースウオッチ 9「いまも8割“被災者”意識 阪神・淡路より深刻な遅れ」

被災地には難しい課題が山積していた

被災地では震災からほぼ3年が経った時点でも多くの住民が、被災者という意識から抜け出せずにいることが、2014年のNHKのアンケート調査で明らかになった。住まいや地域経済の復興にどう取り組むべきか、被災地ではいまだ難しい課題に直面していた。

住民の声

“日常生活をありったけ我慢している状態で、被災者ではないとは言えない”
“帰ってきて仮設(住宅)に入ってくる瞬間、これが我が家なんだと思うと情けなくなる。3年、3年を超えてもこれが我が家だと思うとつらくなる”

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