2017年11月15日(水)

横田めぐみさん拉致40年 父・滋さん 85歳の思い

有馬
「40年前の今日(15日)、当時13歳の少女が、新潟県で北朝鮮の工作員に拉致されました。
横田めぐみさんです。」

桑子
「この写真を撮影したのは、父親の滋(しげる)さん。
滋さんは昨日(14日)誕生日を迎え、85歳になりました。
拉致から40年、娘の帰りを待ち続けています。」

85歳の父・滋さん

今日、会見に臨んだ滋さん。
早紀江さんに支えられながら席につきました。
老いにともない、思うように話せなくなってきた滋さんの胸の内を、早紀江さんが語ります。

横田早紀江さん
「子どもたちの安否を気遣いながら暮らしてきた40年間だったので、本当に大変な人生だったと思うが、ただ帰ってくればいいわけで、帰してくれればいいわけで、私たちは何にも言わないから、早く自由にしてあげたいと両方が同じ思いでいる。」

被害者家族の先頭に立ち、娘の救出と拉致問題の解決を訴えてきた滋さん。
昨日で85歳になりました。
介護が必要なほど足腰が弱り、週に数回、デイサービスを利用しています。

カメラが趣味だった滋さんは、めぐみさんの誕生から13歳までの姿を写真におさめていました。
これは、滋さんが初節句を迎えた生後5か月のめぐみさんを抱いている写真です。

横田滋さん(当時73)
「女の子が生まれればいいと思っていたのが、それがかなって元気に育っていたので、結構かわいいと思っていつもだっこしていた。」

小学校5年生の時に、家族で山口県萩市を訪れた写真。
早紀江さん手作りの赤いワンピース姿は、滋さんのお気に入りです。

横田滋さん
「萩に旅行したころが、生活としてはいちばん幸せだった時期。」

娘の成長を温かく見守り続けました。
そして、めぐみさんと拉致問題を広く知らしめることになった、この写真。
めぐみさんが風しんにかかり、中学校の入学式を欠席。
滋さんはその数日後の日曜日、娘に制服を着させて撮影したのです。
当時の思いを、滋さんは、こうつづっています。

“病み上がりのめぐみを学校に連れ出して、記念写真を撮ることにしました。
めぐみは撮影を嫌がったのですが、それでも一生の記念だと思い、満開の桜の木の下に立たせました。
立派に成長してくれたなあと、感慨深くシャッターを切りました。”

しかし、この半年後、めぐみさんの姿は突然消えました。
滋さんは、めぐみさんの写真を公開して行方を捜し続けましたが、20年近く有力な情報は得られませんでした。
滋さんが、今でも大切にしている物があります。
めぐみさんが拉致される前日、滋さんの誕生日にプレゼントしてくれたという「くし」です。

横田早紀江さん
「ちょうどご飯のときだったか、夜に『はい』と渡していた、ちゃんと包んだのを。
『お父さん、もうちょっとこれからおしゃれに気をつけてね』なんて言いながら出していた。
(滋さんは)にこにこして、うれしかったからだろう、『ありがとう』と言って。」

事態が大きく動いたのは、拉致から25年目。
日朝首脳会談をきっかけに、北朝鮮が拉致を認め、めぐみさんは成人した後、「自殺した」と伝えてきたのです。

横田滋さん(当時69)
「私はいい結果が出るということを楽しみにしていた。
しかし(北朝鮮が伝えた)結果は死亡という、残念なものだった。
この死亡ということは信じることはできない。」

滋さんは、当時69歳でした。
滋さんは、北朝鮮の説明に矛盾が多かったことから、その後も娘の生存を疑わず、早紀江さんと全国を回って救出を訴える活動を始めました。
講演の数は1,400回を超えています。

85歳、ほぼ半生にわたって娘との再会を願い続けてきた滋さん。
今年(2017年)は体調が思わしくなく、毎年参加していた集会を欠席し、ビデオでメッセージを寄せました。

横田滋さん
“めぐみちゃんと早く会いたい。”

滋さんを支え続けた早紀江さん。
残された時間は少ないと感じています。

横田早紀江さん
「明日は助けられるかも、帰るかもしれないと、親はみんな思って頑張ってきた。
嫌でも死に向かっていくから、そういうこともある程度覚悟して頑張っている。
『ああ、めぐみちゃんだ、よかったね』と確認ができる間に、たとえ1時間でもいいから、それがわかる間に会いたい。」

老いという現実に直面しながら、娘を取り戻す闘いは41年目に入ります。

横田めぐみさん拉致40年

桑子
「滋さんは、支援団体のホームページに寄せたメッセージで、めぐみさんへの思いをこう語っています。
『父親には娘に対する特別な想(おもい)いがあります。私とめぐみは多くの時間をふたりで過ごしました。しかし、その楽しい時をたった13年で断ち切られてしまったのです。私たちは、写真に写っているかつての楽しかった時間を取り戻したいのです』。」

有馬
「拉致被害者の親の平均年齢は87歳。
一刻も早く帰国を実現しなければいけません。」

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