2018年2月27日(火)

チームワークの原点 地元・北見に…

「そだねー。」

大躍進を見せた、カーリング女子日本チーム。
初のメダル獲得の原動力となったのが…。

藤澤五月選手
「チームなので。」

鈴木夕湖選手
「チームのコミュニケーション。」

吉田知那美選手
「チームコミュニケーションのおかげかな。」

ひときわ目立った「仲の良さ」。
その原点は、地元・北海道で過ごした子ども時代にまでさかのぼります。

憧れ 競い合った仲間たち

12年前のカーリング日本選手権。

当時・中学生の鈴木夕湖選手。

こちらは、吉田姉妹の姉・知那美選手です。
妹の夕梨花選手を含めた3人は、今の北見市常呂町で、子どものころから一緒にカーリングに取り組んできました。

吉田知那美選手(当時 中学生)
「見ているよりやったほうが楽しいので、(カーリングを)みんなにやってほしい。」

一方、同世代の藤澤選手。
北見市内でカーリングに打ち込み、常呂町のチームと対戦することもありました。
そして、常呂町出身の本橋麻里選手。
19歳でトリノオリンピックへ出場し、当時、彼女たちの憧れでした。
鈴木選手の母・倫子さんは…。

鈴木選手の母 倫子さん
「小さい時から一緒に遊んで、一緒に育った。
麻里ちゃんも五月ちゃんも小さい時から知っている選手だったから、ひとつになってベストなチームが立ち上がったという感じ。」

鈴木選手の兄 聖陽さん
「チームワークの下地は作りやすい環境だよね、本当に。」

“カーリングの父”の存在が…

伊藤リポーター
「北見市常呂町です。
常呂町にはご覧のように立派なカーリング場があり、まさにカーリングの聖地です。
ではなぜ常呂町にカーリングが根づいたのか、そこには、ある1人の男性の情熱がありました。」

去年(2017年)亡くなった、小栗祐治さんです。
常呂町で「カーリングの父」と呼ばれています。

小栗さんとカーリングの出会いは38年前。
カーリングの講習会に参加したことがきっかけでした。
周囲にその魅力を伝え、仲間を増やしていきました。
NHKに黎明期の映像が残っていました。

プレーは、屋外で。
自分たちで氷を張りました。

スイープするのは、竹ぼうき。
藤吉忍さん。
小栗さんから、いちばん最初にカーリングに誘われました。

当時のストーンは、アルミ製のビールのたるを代用。
中にコンクリートを流し込んで使っていたのです。
小栗さんを中心にアイデアを出し合い、みんな、カーリングに夢中になりました。

藤吉忍さん
「飽きなかった。
なんでなのか知らないが、できる日は毎晩来てやってた。」

そして小栗さんは、「オリンピックに行こう」と子どもたちを熱心に誘っていました。

本橋選手を発掘。
さらに、吉田姉妹や鈴木選手を誘ったのも小栗さんでした。

鈴木選手の母 倫子さん
「(小栗さんが)『小学校2年生の子どもでチーム作るから5人集めてくれ』と。
女の子にこだわっていた。
『女子は世界をとにかく目指せる』と、『今からやれば追いつく』『世界に手が届くチームを作れる』と。
小栗さんは先見の明があったんでしょう。
そのころから『オリンピック、オリンピック』と。」

藤吉忍さん
「小栗さんの誘い方は、『お前は素質ある』『お前はすごくなれる』という褒め言葉。
そういう褒め言葉で誘い込む魔力があった。
小栗さんがいなくて、ここにカーリングがなかったら、日本のカーリングがなかった。
それくらいの力があったと思う。」

マリリンが立ち上がった!

地元から世界を目指す女子チームを。
小栗さんの思いを形にしたのが、かつての教え子、本橋選手でした。
8年前、地元・北見市常呂町を拠点とする、新たなチームを結成することを表明しました。

本橋麻里選手
「お世話になった地元に帰って、原点でもあるので、そこでまた新たに自分の中でわいてくるものもあるかなと思って。」

各地でカーリングを続けていたメンバーが再び地元に集まり、地域密着のクラブチームを目指しました。

チーム名は、「ロコ・ソラーレ北見」。
「ロコ」は、常呂町の子どもを指す「常呂っこ」からとりました。
所属チームを辞めて、ふるさとに戻っていた吉田知那美選手。
チームを応援している企業で働きながら、カーリングを続けることができるようになりました。

吉田知那美選手
「こっち帰ってきた時、仕事もなくて、アス“ニート”って。
(会社が)応援してくれるって声かけてくれて。」

地元の人たちに支えられ、5人は力を伸ばしていきました。

藤澤五月選手
「北見市内にいるとよく声かけられて。
地元で練習して戦って、勝った時も負けた時も地元の方に支えられて育ってきたというのはすごく感じる。」

未来へつながる銅メダル

一昨年(2016年)の世界選手権で決勝に残るまでに成長した5人。

“カーリングの父” 小栗祐治さん
「みなさんによくやったって声かけてやりたい。」

カーリングに情熱を注ぎ続けた、小栗祐治さん。
去年5月、88歳で亡くなりました。
小栗さんが待ち望んだ地元チームのオリンピック出場。
北見市常呂町の人たちは、小栗さんの遺影とともに5人を応援しました。

吉田知那美選手
「このチームで、メダルもそうなんですけど、ここに来るまでの過程が宝物だと思います。」

本橋麻里選手
「まずはみんなにありがとうという気持ちと、集まってくれた仲間・スタッフ・コーチ、すべてに感謝する日だなと思っています。」

さらに次の世代へと、北見市のカーリングのともし火はつながっています。

「もっともっとうまくなって、LS北見のようになれたらいいな。」

「もっと上を目指したいと思う。
オリンピックに出たい。」

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