2018年5月31日(木)

“非正規”歌人が残したもの

有馬
「1年前、一人の歌人が32歳で命を絶ちました。
非正規として働きながら詠んだ短歌に、いま静かな共感が広がっています。」


“頭を下げて頭を下げて牛丼を 食べて頭を下げて暮れゆく”

“シュレッダーのごみ捨てにゆく シュレッダーの ごみは誰かが捨てねばならず”

有馬
「若き歌人が残した歌が問いかけるものは何か。
私たちは、その道のりを取材しました。」

若き歌人が残したもの いじめ 短歌との出会い

2年前、NHKの全国短歌大会で表彰される萩原慎一郎さん。

将来を期待された若手歌人でした。


“今日も雑務で明日も雑務だろうけど 朝になったら出かけてゆくよ”

“非正規の友よ、負けるな僕はただ 書類の整理ばかりしている”

歌が紡がれた背景には、どのような人生があったのか。
私たちの取材に、萩原さんの母親が手記を寄せてくれました。

萩原慎一郎さんの母の手記
「慎一郎は、中学受験で第一志望校に合格して、部活は大好きな野球部に入った。
しかし、監督から怒鳴られ、おどおどして萎縮している様子を真似して度々からかわれた。
野球部が終わると、必ず通学カバンがゴミ箱、掃除用具入れ、トイレ等に放置された。
『生きている価値がない』『顔が気持ち悪い』というような暴言や暴力が続いた。」

萩原さんの部屋は、今も当時のまま残されています。

いじめで退部を余儀なくされた後、萩原さんはこの部屋で読書に没頭するようになります。

萩原慎一郎さんの母の手記
「そのころ短歌に出会った。
立川市の書店で俵万智さんのサイン会。
それから短歌雑誌の投稿を始めた。」


“現実に食われてしまいし夢もあり グローブ捨てて鉛筆握る”

“ローランドゴリラが胸を叩きたり 動物園の檻の絶叫”

高校生の時から萩原さんを知る、歌人の今野寿美さんです。
歌から伝わってくる切迫感に驚かされたと言います。

歌人 今野寿美さん
「もう夢中になるぐらいに熱心でしたし、とにかく創作意欲が人並みではなく、次々に歌作っては応募したり、どれほど自分の強力な表現法として、一所懸命だった。」

若き歌人が残したもの “非正規”そして“恋”

高校卒業後、いじめの後遺症に苦しんだ萩原さん。
大勢の前に出ることができなくなり、精神科に通う日々が続きます。
通信制の大学を卒業した後、27歳の時に非正規の仕事に就きました。

萩原慎一郎さんの母の手記
「仕事は事務センター所属で、コピー用紙の交換、シュレッダー、広報紙の発送の手伝い、資料の整理などだった。
仕事は一生懸命していたが、時々帰宅後『僕も病気にならなければ』と辛くなることもあった。
非正規雇用であり、いじめが原因の精神的な不調のために、自分が望んでいた仕事につけない悔しさは、時々話していた。」


“夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから”

“コピー用紙補充しながらこのままで 終わるわけにはいかぬ人生”

病院で萩原さんを担当していた、精神保健福祉士の夏原博史さんです。
同じ苦しみを抱える人たちへの心遣いが、印象に残っていると言います。

病院で萩原さんを担当 精神保健福祉士 夏原博史さん
「(気持ちを)上手に表現できない方がいらっしゃったんですけど、そういう方にも優しく声をかけて、スタッフに代弁者のように伝えてくれることもあり、ここにきて仲間ができて“自分だけじゃないんだな”というところもあったのかな。」


“消しゴムが丸くなるごと苦労して きっと優しくなってゆくのだ”


厳しい状況に直面しながら萩原さんは自らの恋も歌にしていきます。


“かっこよくなりたい きみに愛されるようになりたい だから歌詠む”

“作業室にてふたりなり 仕事とは 関係のない話がしたい”

若き歌人が残したもの “いつかしあわせになる”

その恋が実ることはありませんでした。
死の半年ほど前から、萩原さんは仕事も休みがちになっていました。

萩原慎一郎さんの母の手記
「『やはり辛い。
普通だったら結婚とか、子どもとか言う年齢だよ。
新卒の人たちが研修中で皆で昼食をとっていたり、赤ちゃんが生まれて連れてきた人を見て落ち込んじゃった。』
私が『これから歌集も出るし、楽しみがいっぱいあるじゃない。
賞も取るんでしょ。
慎ちゃんは頑張っているよ。
これから良いことがいっぱいあるよ。』
と話し合うと『そうだね、ありがとう』と落ち着く感じだった。」

去年(2017年)6月8日。
萩原さんは、自ら命を絶ちました。
亡くなったその日も、短歌を作っていました。

“あらゆる悲劇咀嚼しながら生きてきた いつかしあわせになると信じて”


桑子
「亡くなる前から準備を進め、去年12月に出版された、萩原さんの歌集『滑走路』。
『今いるところから少しでも高く飛び立ちたい』萩原さんはそんな思いをタイトルに込めたということです。」

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