2018年10月5日(金)

西日本豪雨 なぜ親子を救えなかったのか…

桑子
「西日本豪雨から、10月6日で3か月になります。
51人が亡くなった岡山県倉敷市真備町で、支援の手が届かず、命を落とした若い親子がいました。」

有馬
「2人を救うことはできなかったのか。
親子と最後まで連絡を取り合っていた男性が、いまも、自問自答しています。」

西日本豪雨 ある親子の死 “なぜ救えなかったのか…”

あれから3か月。
真備町では、浸水した住宅の解体工事が進んでいます。

一方で、当時のまま残されている家も。
三宅遥さんと娘の愛ちゃんが2人で暮らしていました。
知的障害があった親子。
押し寄せる水から逃れることが出来ず、ここで亡くなりました。


親子を長年、支えてきた永田拓さんです。
障害者の生活支援を行う社会福祉法人の代表を務めています。
障害を理由に、周囲から反対される中、未婚のまま出産した遥さん。
永田さんは、住む家や働く場所を探すなど、あらゆる面で寄り添ってきました。

親子を長年支援 永田拓さん
「彼女が今まで地域で暮らしていくうえで力になってくれる人は限られていた。
彼女の声を聞くことができたのが僕。
その声に応えてあげられなかったというのが、本当に悔しくてたまらない。」

一昨年(2016年)、NHKの番組に出演した、永田さんと遥さん。
遥さんは、知的障害と向き合いながら、娘を育てていく決意を語っていました。

三宅遥さん(一昨年7月)
「子どもを産んでちゃんと育てられるのか、とは言われました。」

「そのとき、どんな気持ちでした?」

三宅遥さん
「そう言われても、必ず産むって決めていました。」

当初は、子どもの抱き方も分からなかった遥さん。
永田さんの支えもあって、1人で娘を保育園に送り迎えできるようになりました。

育児を始めて5年。
親子で旅行をするという目標もできたといいます。

親子を長年支援 永田拓さん
「ディズニーランドとかユニバーサル・スタジオ・ジャパンとか2人で楽しめるところに行ってみたいとよく言っていた。
彼女自身も将来は就職して働きたいとか、愛ちゃんも小学校に入学する間近に迫っていたので、もっともっとやりたいこともあったと思う。」

記録的な豪雨となった7月6日。
不安を感じた永田さんは、夜9時ごろ、遥さんに電話をかけました。

親子を長年支援 永田拓さん
「(雨音で)愛ちゃんが寝ない、寝られない、と言っていたのがとても印象に残っていて、すごく強い不安を抱えている様子は電話の中から感じた。」

避難所に指定されていた小学校に行くよう促した永田さん。
しかし、遥さんから「小学校(避難所)の場所がわからない」と告げられました。

行ったことがない場所には、自力でたどりつくことが難しかった遥さん。
永田さんはこれまで一度も、その小学校に連れて行ったことはありませんでした。

親子を長年支援 永田拓さん
「何やっていたんだろうなというか、どうしてそういう大事なことを彼女に伝えていなかったんだとか、日頃から意識していなかった。
後悔の気持ちでいっぱいになった。」

永田さんは、消防や警察に救助を要請。
遥さんには家で待機するよう伝えました。
しかし、夜が明けた午前6時56分。

(三宅遥さんのメール)
「家の中まで水が」

永田さんは親子を助けに行こうとしましたが、すでに浸水が進み、家にたどりつくことができませんでした。

午前8時ごろ、遥さんの自宅近くの映像です。
川から溢れた大量の水が瞬く間に住宅を飲み込んでいきます。
そして…。

(三宅遥さんのメール)
「もうだめ」

「こわい」

「助けて」

これが、遥さんから来た最後のメールとなりました。

親子を長年支援 永田拓さん
「(遥さんとは)たくさんの会話をしてきたけど、最後のことばがこれで。
いつも彼女に寄りそってきた僕が何もしてあげられなかった。」

あれから3か月。
なぜ遥さん親子を救うことができなかったのか。
永田さんは、障害のある人の災害時の支援について模索を続けています。

「災害とか万が一のことがあったときに、(地域の)キーパーソンはある程度定めておいたほうがいい。」

「家族構成は今までさらっとしか聞けていない。
なかなか家庭のことは踏み込みづらい。
家族構成はもうちょっと念入りに聞いていこうと思います。」


あの日、遥さんに言われた「避難所の場所が分からない」という言葉。
いま、障害のある人1人1人に聞き取りを行っています。

永田拓さん
「何かあったときに例えば、支援者の人も連絡がつきにくいとかあるかもしれない。
どうしようと考えていますか?」

「避難所に行くしかないと思うんですけど。」

永田拓さん
「避難所の場所って分かる?」

「避難所の場所は…分からないです」


いかに命を守るのか。
永田さんは、まずは、それぞれの避難場所を伝えようとしています。

親子を長年支援 永田拓さん
「彼女が助けてってSOSを出してくれたにもかかわらず、きちんと寄りそっていくことができなかった。
こういったことが二度と起こらないように、できるところからしっかりやっていくことが必要だと改めて、毎日本当に感じています。」



有馬
「永田さんの社会福祉法人は、地域の人たちにも声をかけて、災害時に障害者をどう守っていくか、話し合いを始めています。」

Page Top