2018年10月10日(水)

1964年 東京オリンピック開会式 “ハプニング”が起きた理由…

桑子
「ちょうど54年前の今日(10月10日)は、東京オリンピックの開会式が行われた日です。」

有馬
「そのハイライトといえば、こちら、聖火ランナーです。
今回、私たちは中継の映像には映っていなかった、ある『お宝映像』を発掘しました。
そこには、これまでほとんど知られていない“ハプニング”が記録されていたんです。」

東京五輪 54年前の秘蔵映像 知られざる“ハプニング”

2年後のオリンピックへ向けて建設が進む新国立競技場。
その目と鼻の先にあるお寺。
54年前の貴重な映像は、この寺の住職・岩佐直之さんが撮影していました。

聖輪寺住職 岩佐直之さん
「これが8ミリのリール。
やっぱり初めてのオリンピックだから絶対に記録に残さなくちゃいけないと思って。」

秋晴れの空に舞う色とりどりの風船。
ひと際目を引くのが、赤のジャケットに白のハットをかぶった日本選手団の入場行進です。

競技場へ入ってきた聖火ランナー。
整列した選手団の横を通り過ぎると…。
突然、選手たちが列を乱してランナーの元へと駆け寄っていきます。
あっという間に作られた人垣。

  

当時、岩佐さんは、観客席のこの位置から撮影をしていました。


聖輪寺住職 岩佐直之さん
「各国の選手も聖火をじかに見るのが初めてだったのではないでしょうか。
われ先にと出てきたような雰囲気。」


これはNHKに保存されている当時の中継映像です。

(実況・NHK五輪アーカイブ)
「聖火の入場であります。
昭和20年8月6日生まれ、19歳の若者坂井義則くんです。」

映像では、人垣は確認できるものの、ハプニングの瞬間は捉えられていませんでした。

東京五輪 54年前の秘蔵映像 元日本代表選手「初めて見た」

ハプニングを間近で目撃した日本人はいるのか。

元競泳日本代表 佐々木末昭さん
「私はここですね、ちょうど端っこです。」

元競泳日本代表の佐々木末昭さんです。
佐々木さんは、開会式で日本選手団の列に並んでいました。

元競泳日本代表 佐々木末昭さん
「これは私は初めて見ましたね。
この中にはわれわれ日本人選手団は1人もいない。
この赤のユニホームが日本選手団の一番後ろですので、ほとんど動いていなくて、煙だけを目で追っているということでした。」

東京五輪“ハプニング”の真相 映画カメラマンの目撃証言

取材を進めると、あのハプニングを鮮明に覚えている人がいました。
映画カメラマンの山口益夫さんです。
山口さんは、市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』の撮影を担当。
カメラのファインダー越しに、ハプニングを目撃していました。
山口さんは、列を乱して駆け寄ったのは、外国人選手たちだったと言います。

映画カメラマン 山口益夫さん
「日本人って、ああいうところで列を乱さない。
だからおおよそ日本人的じゃない。
外国人は、聖火が来ても、遠くで見ているほうがよっぽどおかしいという意識があるのではないか。」

映画には、聖火ランナーの元へ一斉に駆け寄る選手たちの姿がわずかな時間記録されていました。

東京五輪“ハプニング”の真相 組織委「真っ青になった」

ハプニングを複雑な思いで見ていた人も。
吹浦忠正さんです。
吹浦さんは、オリンピック組織委員会のメンバーの1人でした。
式典本部でスケジュール管理などに目を配っていたといいます。

元オリンピック組織委員会 吹浦忠正さん
「1分1秒、遅れるわけにはいかなかった。
整列していたはずの選手が、ザザザっと行った。
これは大変なことになったと、真っ青になって、どうしよう、どうしようと…。」


4年前に他界した聖火ランナーの坂井義則さん。
吹浦さんとは親交がありました。
坂井さんからあの時の心境を聞いたといいます。

元オリンピック組織委員会 吹浦忠正さん
「3年後くらいに、彼と会って、『あの時は怖かった、危険だ、どうしようという気分でいた』ということでした。
人に囲まれ、写真を撮られ、迫ってきて、最初に決められたコースに行けなくなると。」

映像をよく見てみると、競技場の真ん中あたりに整列していた選手たちが駆け寄っているのが分かります。
いったいどこの国の選手なのか。


東京オリンピックの公式報告書には、国別の入場順が記載されていました。
入場した順に、真ん中から整列した各国の選手たち。
私たちは、当時112人もの選手を送り出した、アルゼンチンで選手を探すことにしました。

東京五輪“ハプニング”の真相 外国人選手語る 舞台裏

なぜ外国人選手たちが聖火ランナーに駆け寄ったのか。
54年前の地元紙の切り抜きを、今も大事に持っているという女性に出会いました。

マリア・フォルメイロさん
「これはスタジアムの入り口で、アルゼンチン代表団はここにいました。
(私は)ほらここに。」

マリアさんは、54年前に陸上短距離の代表選手として来日し、開会式に参加していました。

元陸上短距離代表選手 マリア・フォルメイロさん
「聖火ランナーが入ってくるというアナウンスがあり、ランナーは広島に原爆が落ちた日に生まれたと聞きました。」

選手たちが駆け寄った理由。
それは、聖火ランナーの坂井さんが、広島での原爆投下のわずか1時間半後に生まれたからだというのです。

元陸上短距離代表選手 マリア・フォルメイロさん
「聖火も感動したが、それ以上に、日本人にとって悲劇の中で生まれ、生き残った1人だとわかって感動した。」

さらに、サッカーの代表選手として開会式に参加したホセさん。
人垣の最前列で撮った写真を今も大切に残していました。

元サッカー代表選手 マレオ・ホセさん
「私はこのあたりにいました。
外国人の選手にとっては感動的でした。
あんなにひどい時に生まれて、オリンピックの舞台で聖火ランナーとして走っている瞬間を記憶にとどめたかった。」

無我夢中で撮影したホセさん。
あの日、見た光景は、今でも大切な人生の1ページだといいます。

元サッカー代表選手 マレオ・ホセさん
「みんな言葉は通じないが、聖火ランナーへの気持ちは同じで、譲り合って撮影した。
自分の人生の中で、この美しい瞬間は思い出すたびに感動する。」

54年前の今日、開会式で起きたハプニング。
そこには、平和の祭典・オリンピックに思いを寄せる人々の姿がありました。

東京五輪 54年前の秘蔵映像 知られざる“ハプニング”

有馬
「インタビューを聞いていて、ジワーっと、きましたね。
54年、半世紀以上が経っても、まだまだ知られざる秘話が出てくるものなんですね。」

桑子
「2年後の東京五輪でも、こんな感動的なハプニングが見られるんでしょうか。」

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