2018年11月30日(金)

地域の小さなラジオ局 復活へ

今年(2018年)9月に起きた北海道地震。
大停電の中、貴重な情報源となったのが、地域の小さなラジオ局でした。

“室蘭市では停電が発生しています。
安全運転を行ってください。”

先月(10月)、私たちはその奮闘をお伝えしました。

桑子
「いざというときに防災情報などを伝えるラジオですが、地域のラジオ局は、北海道から沖縄まで全国に320局あります。
ただ、その経営は厳しく、平均1億円の赤字です。」

有馬
「では、地域のラジオ局をどう守るのか。
住民たちの奮闘を取材しました。」

地域の小さなラジオ局 被災地で復活へ

宮城県亘理町にあるスーパーの一角。
町のラジオ局「FMあおぞら」が、2年8か月ぶりに復活する日を迎えていました。

社長の吉田圭(よしだ・けい)さんです。
スタッフ9名とともに、準備を進めてきました。
ラジオ局が開設されたきっかけは、東日本大震災でした。

震災直後の亘理町を記録した映画です。
被災者を支援するため、町が臨時のラジオ局を立ち上げたのです。
ラジオの経験が全く無かった吉田さんたち。
手作りで放送を続けてきました。

「今からお名前を読み上げてまいります。」

そして、月命日には、犠牲になった306人の町民の名前を一人一人読み上げてきました。
しかし、震災から5年後の一昨年(2016年)。
国の補助金が打ち切られ、閉局しました。

「亘理町の復興に必要とされる情報を、みなさまに提供するという大切な仕事を務めさせていただいて、本当にありがとうございました。」

住民を励まし続けてきたFMあおぞら。
その復活を待ち望む、森加奈恵(もり・かなえ)さんです。

森加奈恵さん
「このあたりが、家があった場所。」

森さんの家族は、すぐに避難して助かりましたが、20年以上住んだ自宅は津波で全て流されました。

森加奈恵さん
「じいちゃんばあちゃんになっても、ここでいるんだよね、みんなでお茶飲みしようね、みたいなことを話してたから、それがポキンと折られた感じ。」

車でFMあおぞらを聞き、常に勇気づけられてきた森さん。
震災から7年が過ぎ、その記憶を語り継ぐためには町のラジオが必要なのではないか。
その思いを強くしていました。

森加奈恵さん
「災害FMから始まったんだよってなる。
FMあおぞら自体が、思い出す象徴になるんじゃないのって。」

住民たちの声を受け、吉田さんは株式会社を立ち上げ、動き出しました。
原動力となったのが、震災の経験でした。

『FMあおぞら』 吉田圭社長
「3月11日という日を境にして、自分の生きる意味あいが変わった。
亘理町で306名の方が亡くなった、その方たちが生きていたことは忘れたくない。
その方たちに託されたものを、私たちがつないでいきたい。
それが、まだ命があって、生きることを許された私たちの責任。」

しかし、道のりは決して簡単ではありません。
年間の運営資金、1,400万円を集めなければならないのです。
吉田さんは、ラジオでコマーシャルを流すスポンサーを集めようと、地元の商店に営業。
料金は、1か月1万円です。

「これからも、いっそうがんばって。」

夜まで、復活にかける熱意を伝え続けます。

吉田圭社長
「老後に貯めていた、施設に入ろうと思ったお金を全て使ってしまいました。」

花屋
「人生かけてるな。」

吉田圭社長
「人生かけてます。」

そして、復活を待ち望む、森さんが働く飲食店にも向かいます。
スポンサーになってくれた店の数は19。
目標は60。
吉田さんは、必死の営業活動を続けていました。

沖縄で大人気 経営の秘けつは

ラジオ局をどう存続させていくか。
ユニークな取り組みをしているところがあります。
沖縄県読谷村の「FMよみたん」。

自治会長
「『FMよみたん』、楽しみにしてますよね。」

「は-い!」

開局して10年、今や村民の8割以上に聞かれています。

「ラジオを聞きながら楽しく過ごして、あっという間に仕事・作業が終わる。」

FMよみたんの特徴は、160人に上る地元ボランティアの活躍。
番組のパーソナリティをボランティアに任せることで、人件費を削減しています。

FMよみたんのユニークな取り組み。
それは、観光客に支援者になってもらうことです。
先週開かれた、10周年の祝賀パーティー。
全国から、ファンクラブのメンバーたちがやってきました。
われ先にと、関連グッズを購入します。
観光で訪れた際、偶然ラジオを聞いたこの女性。
ラジオ局に向かうと、従業員から大歓迎されたといいます。

FMよみたんファンクラブ 関東支部長
「社長から、スタッフのみなさんから、すごくフレンドリーで、みんなそこで落ちてしまう。
ひと言で言うと家族みたいなラジオ局。」

実はFMよみたんでは、訪れた観光客をラジオに出演させ、インターネットで全国放送。
根強いファンを増やしているのです。
こうした取り組みでスポンサーが増え、売り上げは年間6,000万円まで増えました。

『FMよみたん』 仲宗根朝治社長
「どうせ田舎だしと思ってるかもしれませんけど、ラジオを通して、読谷ってこんなにすばらしいってことを伝えることができる。
100年目指す企業として売り上げを出し続けていく、いい情報を発信し続けていく。」

被災地で復活!被災者は

FMあおぞら、復活の日。
その日は快晴でした。

復活を心待ちにしていた森さんです。
店の中で流すために、ラジオを新たに買っていました。

森加奈恵さん
「もう泣きそうですから、やばいですから。
なんで私がどきどきしているのか、よく分かんないですけど。」

そして…。

「お昼の12時を回りました。
亘理町を元気にする、おらほのラジオ局。
FMあおぞら、開局です!」

森加奈恵さん
「始まった!ははは!」

『FMあおぞら』 吉田圭社長
「ここに今、開局を迎えることができましたことを、心から御礼申し上げます。
ありがとうございます。
そして今、あなたのところにこの声を届けることができること、本当に幸せを感じています。」

震災からの復興のシンボルでもあった、FMあおぞら。
あの声が町に戻ってきました。

森加奈恵さん
「最初のハードルがたぶん一番高いから、それが今乗り越えられたんだなって思って。」

これからの経営も、決して簡単ではありません。
吉田さんたちの挑戦は続きます。

吉田圭社長
「吉田圭がお送りしました。
聞いてくださってありがとうございました。」

「それでは、また明日。」

桑子
「なんだか胸が熱くなりましたね。
ずっと待ち望んできた声が聞こえてきた時の森さんの表情が、本当に印象的でした。」

有馬
「みなさんの地域にも、きっと町のラジオ局がありますよね。
是非、応援していただきたいと思います。」

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