2019年1月25日(金)

障害者殺傷事件 「匿名」の現実に向き合う

桑子
「相模原市で起きた障害者殺傷事件から、明日(26日)で2年半。
犠牲となった19人の名前は、語られないままです。」

有馬
「警察は、犠牲者を匿名で発表し、今後の裁判も審理は匿名のまま行われる見通しです。
匿名で語られる障害者。
今も、その現実に向き合い続ける人たちがいます。」

障害者殺傷事件 2年半“匿名”で語られる犠牲者

事件が起きた津久井やまゆり園です。
建て替えに向けた工事が進んでいます。

津久井やまゆり園 元職員 太田顕さん
「2階建てのホームが、2戸ありました。
廊下でつながっていました。」

かつて施設に、30年あまり勤めていた太田顕(おおた・けん)さんです。
担当していた4人が、犠牲になりました。
事件がこのまま匿名で語られ続けることを危惧しています。

津久井やまゆり園 元職員 太田顕さん
「19人の彼ら、彼女らの生きてきた証、人生がどんなものだったのかを、いつまでも語り継ぐ必要があるのではないだろうか。」

通常は実名で語られる犠牲者が匿名となったことで、十分に思いを寄せることができなかった人がいます。
施設の元職員、石居佳代子(いしい・かよこ)さんです。
事件から8か月後、人づてに、かつて担当していた入所者が犠牲になったことを知らされました。

津久井やまゆり園 元職員 石居佳代子さん
「それまでは、大変なことが起きたと思って普通に暮らしていたが、(犠牲者)2人の名前を知った瞬間に、本当にスーっと涙が出て。
当時の彼女たちの着ていた洋服とか言葉とか、すべてはっきりと思い出して。」

事件について伝えるNHKのサイトには、2年半がたった今も犠牲者の名前が公表されないことをめぐり、障害のある人や家族などからさまざまな意見が寄せられています。

「身体障害者です。
このような事件が起き『やはり世間にとって私たちは、お荷物なんだ…』と。
それと同時に、被害に遭われた方々の名前も伏せられ、2重のショックを引きずっています。」

このメッセージを寄せた立野三恵(たての・みえ)さんです。
脳性まひの障害があります。
犠牲者が匿名で伝えられたことに強い衝撃を受けました。

立野三恵さん
「なんで実名じゃないの、被害者たちは。
なんで名前を伏せられているのというので、すごくショックを受けた。
障害者は匿名っていう、その“線引き”が、すごく気になる。」

6歳の時、親元を離れて施設に入所した立野さん。
その日のことを鮮明に覚えています。

立野三恵さん
「父と母とおばあちゃんに連れられて、中庭に遊具がたくさんあったから、公園に遊びにきたと思ってうれしかった。
眠らされたのか何かで目が覚めたら、父も母も、おばあちゃんもいなかった。」

大人になってからも周囲の偏見に苦しんできましたが、多くの友人を作り、結婚や出産を通じて自分の居場所を築いてきました。

症状が悪化し、以前ほど家事ができなくなりましたが、夜勤の夫の弁当作りは欠かしません。

立野三恵さん
「イスに座っていると、力が入らない。
安定しないから、地べたに座っちゃうんです。」

人生を切り開いてきた立野さん。
障害のある犠牲者が匿名となることは、そのすべてを否定されたように感じています。

立野三恵さん
「名前が出されないと、そこで終わってしまう。
寄り添えない感じがする。
命の重さが違うような気がする。」

一方、自分が事件の当事者ならば、家族を匿名にせざるを得ないかもしれない、という女性がいます。
神奈川県に住む、濱千沙登(はま・ちさと)さんです。
妹の圭以登(けいと)さんは、中学生の時、「自閉症」と診断されました。
まだ圭以登さんの障害がわからなかった小学生時代、姉の千沙登さんは周囲の厳しい目にさらされたといいます。

濱千沙登さん
「“あなたの妹、学校のなかでやっかいものなのよ”と言われて、悲しくて悲しくて。
妹がもっといじめられるかもしれない。
逆らわないで、ずっと頭をさげておけば、なんとかうまくいくんだと思いながら、小学校の時は、ずっと過ごしていた。」

今回の取材中、妹の圭以登さんが事件について初めて思いを口にしました。

妹・圭以登さん
「人の命はお金で買えないから、それはわかるし、やっぱり見てて思ったのは、そういうのは衝撃的だし、すごく恐ろしいことだから。」

事件から2年半。
千沙登さんはいまも複雑な思いを抱えています。

濱千沙登さん
「実名にしたところで、みんな障害知っていますか?とか、施設はどういうふうに、預けるまでにするか知っていますか?
きょうだい、どういうふうに生きているか知っていますか?
たぶん、みんな知らない。
受け止めてくれる社会だったら、(名前を)出してもいいかもしれないけど。
やっぱりそうやって、家族としては思えない社会なのが残念だし、でも変わっていかないといけない。」
 

元職員の太田さんです。
新しい施設の前に、慰霊碑を建てることを、県に要望しています。
そして、時間がかかっても、いつか19人の名前が刻まれる日が来ることを、願っています。

津久井やまゆり園 元職員 太田顕さん
「残念なことに亡くなられた19名の方、一人ひとり、人格を持った者として、尊厳を払われるべき存在として人生があったと。
そのことによって、はじめて前に歩むことができるんじゃないかと思います。」

桑子
「匿名だと寄り添いきれない。
一方で、匿名を受け入れざるを得ない社会なんだという言葉も、とても重く響きました。」

有馬
「当事者やご家族の皆さんだけでなく、伝え手の私たちも、考え続けていかなければならない。
そう思います。」

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