2019年3月20日(水)

カンボジア見つめる写真家 高橋智史さんに「土門拳賞」

桑子
「世界遺産アンコールワットなど観光地として人気の高いカンボジア。
今、急速な経済発展を遂げています。
しかし、その陰で…。
“警棒で殴られ血を流す青年”。
“政府から弾圧される市民”。
“その中で屈せず、抗う人々”。」

有馬
「こうしたカンボジアの姿を取材しているのが、フォトジャーナリストの高橋智史さんです。
今日(20日)、写真界の直木賞と言われる『土門拳賞』を受賞することが決まりました。」

カンボジア見つめる写真家 “屈せざる人々”と共に

フォトジャーナリスト 高橋智史さん
「15年間のカンボジア取材がひとつ結実したような気がして、カンボジアの人々のまさに屈せざる願いを見つめて来たから。」

フォトジャーナリスト、高橋智史さん、37歳。

15年にわたり、カンボジアの姿を切り取ってきました。
今回、土門拳賞を受賞したのが、去年(2018年)12月に発表された写真集。
カンボジアの人々に密着し、ゆがんだ経済発展や権力の横暴を鋭く描き出しています。

強制労働・虐殺 カンボジアの苦難

1970年代のポル・ポト政権による強制労働や虐殺で、170万人以上が犠牲となったと言われるカンボジア。

20年以上続いた内戦がようやく終結したのは1990年代初頭でした。
国連はカンボジア暫定統治機構を発足し、公正な選挙を行いました。
その後、首相となったフン・セン氏のもとでカンボジアは経済優先で復興を始めました。

カンボジア見つめる写真家 経済成長の陰で…

高橋さんがカンボジアを初めて訪れたのは、急速な経済成長が始まっていた2003年。
この時、目にした光景が高橋さんの原点となりました。

首都プノンペンにあるゴミの山で、ゴミを拾い生計を立てる子どもたちの姿でした。

フォトジャーナリスト 高橋智史さん
「かつてはなかったいろんなゴミ、プノンペン市内の富。
富から排出されるものがゴミ山に行き着いて、そのいびつな経済開発のもたらす現場が、ゴミ山に集約されているような気がした。」

2007年、高橋さんは大学を卒業後、カンボジアへの移住を決意。

「久しぶり、会いたかったです。」

本格的にフォトジャーナリストとしての道を歩み始めます。
この頃、首都プノンペンでは、急速な開発ラッシュが始まっていました。
開発を押し進める政府や業者。
その陰で住民たちは、十分な保証を得られないまま、強制的に立ち退きを迫られていました。

カンボジア見つめる写真家 “屈せざる人々”と共に

土地の収用のために開発業者が築いた壁から、飛び立つ少年の写真。

刑務所に連行されるときの女性の叫び。

“権力の横暴には絶対に屈しない。子どもたち、強く生きなさい”

その言葉は、高橋さんの心に深く刻まれたと言います。

フォトジャーナリスト 高橋智史さん
「“子どもたちが自分の祖国に誇りや幸せや自由や平和を感じて生きられる。そんな国のために私たちは戦ってる”。
だから何が何でも、届かぬ彼らの願いを伝えなければならない。」

去年の総選挙を前に、政府は強権的な姿勢を強めます。

カンボジア フン・セン首相
「国家転覆を企てるやつは許さない。」

最大野党の党首を「国家反逆罪」で逮捕。
市民によるデモも徹底的に抑え込み、政府に批判的なメディアを次々と閉鎖へと追い込みました。

去年7月の総選挙。
高橋さんがカメラを向けることができたのは、すべての議席を獲得した与党・人民党。
そして、30年以上にわたって国の実権を握ってきたフン・セン首相の姿でした。

フォトジャーナリスト 高橋智史さん
「抵抗勢力なき世界で、人民党のメンバー・構成員だけが街を支配する姿。
カンボジアの民主構築、平和構築のために、どれだけの国が努力を積み重ねてきたか。
その結末は、また新たな独裁者を生み出してしまったのか。」

外国人ジャーナリストが投獄される事態にまでなったカンボジア。
去年9月、高橋さんは10年以上暮らしたカンボジアから帰国しました。

高橋さんが写真集の最後に選んだのが、この写真でした。
土地の収用問題で闘い続ける人々。
そこに、自らの影を写し込みました。

“自分はいつも一緒にいる”。
そのメッセージを込めています。

フォトジャーナリスト 高橋智史さん
「声を出せずにいる人が、今もいっぱいいるはず。
いつの日か、彼らの届かぬ願いが果たされる未来がカンボジアに訪れたときに、怒りや嘆きや叫びではなく、本当に心から喜び、歓喜し、子どもたちに誇れるような未来が訪れたとき、最前線で彼らの姿を見つめて、またシャッターを切っていたい。」

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