2019年8月6日(火)

映画作家 大林宣彦さん 原爆の映画で問いかけるのは

桑子
「今日は8月6日。
広島に原爆が投下されてから、74年となりました。」

広島 原爆投下から74年

「世界が本当に平和になって、絶対に私たち生きている者が、この平和を守っていかないといけない。」

平和記念式典には、89の国の代表などを含む、およそ5万人が参列しました。

広島市の松井市長は平和宣言でこう訴えました。

広島市 松井一実市長
「未来を担う若い人たちが、原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えず、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものとして、たゆむことなく前進していくことが重要となります。」

「私のひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんも原爆で亡くなった。
悲しい思いをした人がいっぱいいた。
その思いを知らない世代、子どもたちに伝えていきたい。」

桑子
「失われていく被爆の記憶をどう残していくのか。
今、まさに80歳を超えてこの課題に向き合っているのが、映画作家の大林宣彦さんです。
広島県出身で、創作活動は半世紀を超え、『時をかける少女』や『転校生』など数々の作品を手がけてきました。」

有馬
「その大林さんが原爆を主題にした映画を初めて製作します。
今、私たちに何を問いかけようとしているのでしょうか。」

映画作家 大林宣彦さん 初めて原爆を主題に

リポート:岩田純知(NHK広島)・関根尚哉(NHK盛岡)

先月(7月)、広島の平和公園を訪れた大林宣彦監督。
3年前に肺がんと診断され、闘病生活を続けながら「原爆」をテーマにした映画の製作に取り組んでいます。

大林宣彦監督
「どれだけの命が、ここで無理やりもぎ取られていったか。
私はなぜここにいるのだろうと考えると、それを伝えるためにいるのだと。」

大林監督が描くのは、当時の有名俳優も参加した移動演劇隊です。
その名も「桜隊」。
昭和20年に結成され、各地を慰問して回っていましたが、訪問先の広島で被爆。
9人が命を落としました。
映画では2人の劇団員を通して当時の表現者たちが向き合った戦争の現実を描きます。

悲劇の移動演劇隊「桜隊」 原爆に絶たれた願い

「桜隊」のリーダー、松山市出身の丸山定夫。
映画や舞台で「坊ちゃん」や「忠臣蔵」から海外の演劇作品まで幅広く演じ、「新劇の団十郎」とも称されました。

しかし、戦争へと進む中、国策にそぐわない劇団は次々に解散に追い込まれ、丸山たちが活躍できる場は失われていきます。
わずかに残されたのが、戦時下での国威発揚を目的にした移動演劇隊。
表現の自由の幅は狭まり、国策の宣伝を求められました。
丸山がリーダーを務めたのも、そんな移動演劇隊の1つの「桜隊」でした。
今も残る戦時下の丸山の肉声には、堅い響きが聞かれます。

高村光太郎「必死の時」より
“人は死をいそがねど 死は前方より迫る
死を滅ぼすの道ただ必死あるのみ”

もう1人が、岩手県出身の園井惠子です。
宝塚歌劇団で活躍し、昭和11年の「悲しき道化師」では、ピエロを演じるなど、男役から三枚目まで演技の幅を広げていきました。

昭和18年には映画「無法松の一生」に出演。
国民的スターだった阪東妻三郎の相手役を務め、飛躍が期待されました。
しかし、園井もまた、戦時下の統制が厳しくなる中、活躍の場を奪われ、丸山の「桜隊」に加わることになりました。

大林宣彦監督
「反戦、庶民の自由な暮らし、幸せ、平和、一切描くことができないまま芝居をやることが、どれだけつらい迫害を受けたかということは想像に難くない。」

丸山が密かに記した資料が残されています。
「明日の営みに希望を」。
戦争が影を落とす暗い世相を演劇で少しでも明るくしたいという願いが書かれていました。

しかし、74年前の今日。
その「桜隊」が慰問に訪れていた広島の上空で原爆が炸裂したのです。
大けがを負った丸山は、身を寄せた寺で終戦を知らされました。
しかし、その翌日、丸山は息を引き取りました。
「やっと自由に芝居ができる」。
それが最期の言葉でした。

誕生日だった園井は、奇跡的に無傷でした。
終戦の2日後、ふるさと岩手の母親に送った手紙には、演劇で日本の復興に役立ちたいという思いがしたためられていました。

“本当の健康に立ち返る日も近いでしょう
そしたら元気でもりもりやります”

しかし、そのわずか4日後。
園井は原爆症の症状で急激に体調を崩して帰らぬ人となりました。
32歳の若さでした。

映画作家 大林宣彦さん 初の原爆の映画で問うのは

それから74年。
今日、都内で「桜隊」の劇団員の法要が営まれました。
かつては100人を超えた参列者も今年(2019年)は、およそ50人にまで減りました。

演劇の力を信じ、未来に希望を託しながら志半ばで倒れた「桜隊」。
大林監督は、悲劇を繰り返さないために何ができるかを映画を通じて問いかけたいと思っています。

大林宣彦監督
「僕たちは歴史の過去を変えることはできないが、映画で歴史の未来を変えることはできるかもしれない。
映画を見た人が、一人一人の努力で平和を導いていくことをやれば、映画で世界の平和をつくり出してみせる。
『あなたならどうする』僕はそう聞きたいんですよ。
『僕はこうやっています。あなたはどうやりますか』。」

桑子
「重い問いかけですね。」

有馬
「映画で世界の平和を作り出してみせる。
大林監督の言葉、力強ったですね。
では、僕たちは何ができるのか。
考え続けていこうと思います。」

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